th_00049弟の息子、すなわち甥と東京の品川で会いました。
今年から東京の大学に通う彼はピカピカの一年生です。何しろ、九州のど田舎・宮崎の出身で、なおかつその中でも最も田舎である高千穂町という秘境育ちなのです。髪の毛が薄くなり、スレにすれている百戦錬磨の叔父からすると、何やら心配である。一度は顔を見て「都会の怖さ」や「女性の恐ろしさ」を教えておかなければなりません。
「そんなの、余計なお節介だろう」
という声が聞こえてきそうですが、お節介だと分かっていてもあえて言っておかなければならないことがあるのです。それが【年寄りの役目】なのです。
四年前には、当時東京に来たばかりの彼の姉と私の息子を呼び出し、食事をしながら同じような話をしたものでした。まぁ、姪っ子や甥っ子からすればいい迷惑だと思いますが。

今から三十数年前、私も東京にいました。当時は今ほど交通インフラも通信インフラも発展していませんから、地方出身者は概ね孤独でした。携帯電話があるわけでもなく、メールがあるわけでもない。ましてや親や叔父が東京へ出てくることもなく、出てきたとしても連絡も満足に取れなかったのです。そうした時代背景を考えれば過保護すぎるのかもしれませんが、それでも【叔父の役目】というのはあるのだと勝手に決めこみました。

若い世代に伝えておかなければならないことはやりたいこととやるべきことの峻別」です。
人生を短い期間の積み重ねだと考えると、やりたいことのオンパレードです。一週間単位で考えると、若い男性はまず酒が飲みたい。次に博打がしたい。そしてSexのことばかり考えています。仮に、一ヶ月単位で考えたとしても同じです。給料日を待ちわびているのも、同じことをやりたいからです。
しかしながら、10年単位で物事を考えると、にわかに「やるべきこと」が見えてくる。もし見えてこないとしたら考えが浅いとしか言いようがない。そして多くの場合、若い時期にはそれが見えない。ある意味、見えないからこそ若者なのです。無茶や無鉄砲は若者の特権です。やりたいことをやればいいのです。しかし、そうした若者の特権を振り回して、回り道をした年寄りの話は聞いておくべきでもあります。だからお節介だと言われても【叔父の役目】は果たさなければなりません。

大学から直接品川まで来てくれた甥っ子は、白っぽいワイシャツに紺色のネクタイを締めて、薄手のカーディガンを着てきました。大学の話や住んでいる街の話を聞き、少しだけ「硬い話」をしました。
「品川がこんなに人が多いとは思わなかった」
食事を終えて駅まで向かう時に甥がそう言いました。まだ東京にきて二ヶ月たっていないのです。今から覚えることがたくさんあるはずです。

「気をつけて帰れよ」
「はい。今日はごちそうさまでした」
改札口でそう会話して、甥っ子の背中を見送りました。
今から40年近く前、私にも19歳の時がありました。右も左も分からないまま、東京でズルズルと若気の至りに引きずり回されていました。それに比べれば、昨今の若者たちは実にしっかりしているし、落ち着いている。

一度も振り返らずに人ごみに消えた19歳の背中を最後まで見送りました。羨ましいような、さみしいような不思議な気分でした。おそらく先に死んで行く叔父としてあといくつくらいちゃんとした話をしてあげられるのか。そして、いつまで彼は私の話を聞いてくれるのか。
品川駅から高輪方面へ向かいながら、そんなことを考えました。