ずっと昔、ある企業の「営業会議」にオブザーバーで参加したことがあります。
売上が年々落ちてきて、利益も確保しづらくなった。
「何とかしなければ」ということで、幹部たちが集まって「営業会議」を開くことになったのである。
聞いているうちに、段々面白くなくなってくる。
自社の強み・弱みの分析、シェア分析、ライバルの明確化、新商品の開発、ターゲットの研究、市場調査・・・・、何もないのである。
社長は精神論を述べ、専務は理想を説き、総務部長は財務の厳しさを言い募り、営業担当は泣き言を並べる。施工担当は「そんなの関係ねぇ」という顔をしているし、どこにも切迫した気配はない。
聞いているうちに、段々腹が立ってきた。
配られた資料は3年分の実勢表だけで、今後のビジョンとなる数字も要素も何もないのである。
おまけに、いくら言っても「組織の体質改善」が進まず、「一円を拾う仕組み」も中途半端なままだ。近所の企業で、「2500万円の赤字から5800万円の黒字」へとV字回復した企業のプロセスを伝えるのだが、どこまでも他人事で、自社に置き換えるという【想像力】がまったくない。
途中で、会議を抜け出し、総務のパソコンで近隣の地図を打ち出し、4回くらい拡大をして、テープで張り合わせA1サイズの近隣地図を作った。
会議に戻ってみると、堂々巡りで一向にらちがあきそうにない。
ことわりを入れて、壁に地図を張り、施工担当に質問をする。
「この会社で、遠いなと思う現場(顧客)は、車で何分くらいだろうか?」
「40分くらいでしょうか」
喧々諤々(けんけんがくがく)の末、そんな数字が出てくる。それを聞いて私はカチンと来る。かつてトンネル工事をする建設企業に勤めていた私は、2時間くらいの現場は当たり前で、3時間を越える現場もあったのだ。それでも今はコンサルタントなので、穏やかに頷き、会社を起点としたそれぞれの路線に「40分走行地点」の記入をお願いする。さまざまな道路に「40分後」の位置が書かれたらそれを直線で結び、図形を作り、施工担当にその図形の中を色鉛筆で塗りつぶしてもらう。国道沿いに長く、山側に狭い変形した図形が現れる。
「これがこの会社の現在の【営業範囲】です」
みな、不思議そうにその図形を眺める。こうして目に見える形で営業範囲を考えたことがないのだ。かつて私が、2時間、3時間をかけた場所で仕事をしていたことを伝え、「80分走行地点」を記入させた。みな面白がって地名を言い合う。そして決まった点を直線で結び、違う色で塗らせた。
原理として、「円」ならば、半径が倍になれば、面積は4倍になる。半径が3倍になれば、面積は9倍である。変形なので一概には言えないが、以前よりかなり広い面積がそこには現れている。
「仕事がないと言っているけれど、今の倍の所までを自社の【営業エリア】と考えれば、これだけのチャンスがあるのだ」
ということを短く伝える。多くの人間が頷き、専務が感激したような声を上げる。営業系のコンサルタントで金をもらっているわけではないのだが、これくらいのことはして見せないととじきの名が廃る。
ただ、この企業はこれで終りである。
「企業体質改善」の仕組みがないので、この話を【点】として受け止め、それで終り。
後年、これと同じことを別の企業でやった。その企業は「認識~5S活動~限界利益~人財育成~コミュニケーション改善」という【企業体質改善】が完了していた。
その話をして2週間ぐらいして訪問すると、真新しい地図に、3色のエリアが塗られていた。【現段階営業エリア】【1時間半営業エリア】【3時間営業エリア】の3種類である。驚いたことに、集落や町別に「世帯数」が書かれているではないか。おまけに、【色付き待ち針】が所々刺してある。その意味を問うと
「従業員の親戚や親しい友人、奥さんの実家があるところ」
と応える。その人々を起点に「新たな営業」を開始しているのだと言う。
コンサルタントは「触媒(しょくばい)」みたいなものだ。コンサルタントなど何の役目も持たない。ただ、【組織】がそれに反応した時に、劇的な変化をもたらす。
「しかし、先生。【3時間エリア】といえば、隣県まで行けるんですね。驚いきました」
その後、その会社は隣県に電話だけだが、営業所を置いた。隣県での売上が、全体売上の4分の1くらいはある。
今から3年ほど前の話である。
コンサルタントは「触媒(しょくばい)」みたいなものだ。コンサルタントなど何の役目も持たない。ただ、【組織】がそれに反応した時に、劇的な変化をもたらす。