しばらくコラムを休ませてもらいました。
極めて個人的なことながら「腰痛」が発生し、椅子に座れなくなってしまいました。もちろん、仕事のときや移動では座るのですが、内心「冷や汗」をかきながらの3週間でした。昔、建設の世界に身をおいていた頃の後遺症で、何年に一度かどうしようもないほどの状態になります。今回はちょっと重症でした。腰をかばっているうちに足に来て、歩けない日が何日かありました。今も少々痛むのですが、以前ほどでもなくなんとかまともに椅子に座れるようになりました。

「歳を考えろ!」

と言われるのですが、長年慣れ親しんできた「イメージ」は拭いがたく、「これくらい!」と舐めてかかるとしっぺ返しを食らってしまいます。今回はその辺の加減を思い知らされた感じです。

 

日曜日で、昼間ネットを見ていたら、長野県で公立高校の入試に関して「問題が難しすぎて、廊下で泣き出す生徒がいたことについて、長野県教組が抗議声明を出した」というニュースを見つけました。

県教組によると、数学の試験では学習指導要領を逸脱した問題が出されるなど全体的に難解で、 試験中から多くの生徒たちが動揺。実態を把握するため中学校教諭を対象に緊急実施した調査によると、 試験会場や廊下で泣き出す生徒が複数見られたほか、他の教科にも影響したとの報告が生徒たちから寄せられたという。(産経新聞)

問題の難解度や県教組が抗議声明を出したというところより、「廊下で泣き出した生徒がいた」という部分に驚いてしまいました。「他の教科にも影響した」という部分にも首をひねってしまいました。

「いつから、こんなやわな子供たちが出てきたのだろう・・・」

現代の学校教育への「疑問」は、[生きる]という一番肝心なことを教えないということだと思っています。すべての学校施設は「塀」で囲われています。物理的なものだけではなく、「教育基本法」をはじめとする様々な法律で「守られて」います。しかしながら、どの子供たちもいずれその「守られた場所」から出ていかなければなりません。一歩、社会に出たら「守ってくれるもの」などありはしないことを教えなければならないはずですが、どうも昨今の教育現場を眺めているとそうした「たくましさ」を伝える機能が麻痺しているように感じています。
もっとも、大学を出てからその「守られた場所」しか知らない、変な教員たちが教えているのですから仕方がないのかもしれませんが・・・。
「変な教員」については、多くの実例を知っています。建設の現場で遭遇する住民の中で、訳のわからないことを言い出す職業のうちもっとも多かったのは、間違いなく「教職員」です。工事に関する挨拶に行って、常識のない発言をするのも教員でした。実弟が現役の教頭です。高校時代の同級生の多くが教員です。教育の現場で表に出ない、実際に起こっている変なことは沢山教えてもらっています。

「試験の問題が難しくて泣き出す生徒」「問題がむつかしいことに抗議声明を出す教職員組合」・・・。
こうした「不思議な世界」を生きてきた若者たちを、企業組織は迎えなければなりません。痛む腰を押さえながら、昼間しばし呆然とした気分になりました。