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「歩け!」は拷問?

真夜中に、政治犯をたたき起こし、無言のまま「歩かせる」という拷問があるといいます。権力者からすれば、相手は政治犯なので、有無を言わせず処置して闇に葬りたいのでしょうが、昨今は国際社会の目があって、そんな野蛮なことも出来ない。よって、真夜中に政治犯をたたき起こし、「歩かせる」のだそうです。
「どこに行くんだ?」
と尋ねても、誰も答えない。ただひたすらに歩かせる。政治犯にとってはたまったものではありません。行く先が山であれば、どこかで殺されてそのまま埋められるかもしれない。波の音でも聞こえようものなら、海にたたきこまれ殺されるかもしれない。
「どこに行くんだ?」
と聞いても、誰も教えてくれない。ただ「歩け!」と言われる。
そうなると、政治犯にとって「一歩一歩」が死に近づく【拷問】になります。
権力者にとって、政治犯など死んでくれるのが一番いい。それを殺せないのなら、出来れば精神的におかしくなってくれたほうがいい。気の弱い人間には、この拷問が効くのだそうです。
何しろ、自分の「一歩一歩」が死に近づいているかもしれないという「恐怖」なのです。
「歩け!」
というのは、時に【拷問】です。

ところが、保育園や幼稚園の幼児達は、喜んで「歩き」ます。
「遠足」のとき、子供達は嫌がってはいません。4km、という幼児にとって過酷な距離を喜んで「歩き」ます。さて、なぜでしょう。
想像するに、「遠足」の前に園内でこんな会話が交わされているのではないでしょうか。
先生「はーい、○月○日は遠足ですけど、みんな知ってますかぁ?」
園児「知ってまーす」
先生「じゃぁ、○○公園に行ったことのある人はいますか?」
園児「ハーイ、お父さんと行ったことあります!」
先生「そこには何がありましたか?」
園児「ええと、お花畑と遊園地と動物園があったよ」
先生「動物園には、どんな生き物がいましたかぁ」
園児「ええと、○○と○○!」
先生「お花畑には、どんな花が咲いていたかなぁ」
園児「○○と○○が咲いていたよ」
先生「そう、じゃぁみんなでそこに行って一緒にお弁当を食べましょうね。お弁当を食べた後は、宝探しをやりましょう。宝探しっていうのは・・・・・」
園児「わーい、わーい」
先生「それじゃ、前の日は早く寝て、みんなで歌を歌いながら行きましょうね。少し遠いけど、みんな大丈夫かな?」
園児「大丈夫です!」・・・・・

かくして、園児たちは「嬉々として」当日を迎え「歩き」始めます。手をつなぎ、歌を歌いながら、子供にとって少々長い距離でも苦にすることなく、喜んで歩きます。

さて、時に「歩く」ことは【喜び】です。

 

「5S活動」が定着しないいくつかの理由

昨年末、「チャレンジ5Sマガジン」(無料)というメルマガを創刊しました。購読お申し込みをたくさんいただきましたが、【現在困っていることは何ですか?】というアンケートの質問内容に対して、8割以上の方々が「取り組んでいるのだけれど、維持・継続するのが難しい」と記入されていました。特に、海外展開をなさっている企業経営者や現場責任者の方々からは「文化の違い、言葉の壁により、活動がなかなか浸透しない」という複数の回答もありました。

多くの「組織活性化活動」のお手伝いの一環として【5S活動】の推進を行ってきました。その経験からすると、確かに「5S」は、始めることは比較的簡単に出来るのですが、そこから先の「精度を上げる」「維持していく」ということについては、どの組織も悩みを抱えています。

特に【5S活動】がなかなか立ち上がらない、立ち上がっても「維持」出来ないというのにはいくつかの理由があります。

1・「5S」を単なる「片付け」の延長として考えて、【点の活動】で終わっている。
2・組織への「5S」の浸透度が、一部に偏り、【全体の活動】になっていない。
3・「5S」の目的があいまいで、【組織の目的】と融合していない。

 

「歩く意味(活動の意味)」を考える

冒頭の「歩く」は【拷問】、「歩く」は【喜び】の話はいかがでしょう。
「目的」や「目標(目的地)」や「距離(工程)」が分からない「歩け」はまさに【拷問】です。なぜそれをしなければならないのかという明確な「目的」なしに「やれ!」という活動は、させられるほうにすれば「苦痛」以外の何物でもありません。
「業務として、5S活動をやれ!」
という命令で「5S」へ取り組ませようとする組織もありますが、とてもうまく機能しているようには見えません。
「そんなことはない。業務ならばちゃんとやっている。5Sも業務としてやらせればいいのではないか?」
よく考えて頂きたい。業務が何も言わずにうまくいっているのは、業務が給料やボーナスという評価や自分のスキルアップに繋がっているということが分かっているからです。つまり「歩け!」といったときに、目的や目標が見えているのです。だから逆に言わなくても「歩ける」のです。
ところが、「目的」や「目的地」が分からないことに関して、組織の人たちは「苦痛」を感じます。「苦痛」を感じたことに、人間は本気にはなりません。「苦痛」は連続すると【拷問】になります。

「5S活動」が組織に定着し、モチベーションが落ちず、なおかつ日々精度を上げている組織の共通点は、活動に取り掛かるときの「目的」が明確であった、ということです。「目的」はそれぞれの組織によって違います。利益であったり生産性向上であったり、接客力向上や緊張感の育成などさまざまです。そしてもっとも特徴的なことは、その「活動の目的」が「組織の目的」と合致しているということです。

「こういう組織になるために5S活動を始める!」
「こうしたことを実現するために5S活動を続けている!」

そこから活動のスタートを始めた組織の「5S活動」はなかなか挫折をしません。なぜならば、そのスタートを切るために、冒頭の「保母さん」たちのように、所属する人たちに対して、丁寧に丁寧に説明をしているからです。

 

「5S活動」の位置づけを明確に

5Sを立ち上げたり、維持するためには「5S活動」の位置づけを明確にすることが大切です。
組織には「経営計画」や「業務計画」があります。もしなかったとしても、経営者の「頭の中」にはビジョンがあります。その計画やビジョンを明確にするプロセスの中に「5S活動」を明確に位置づけることによって、「5S」は、単なる【点の活動】ではなく、【全体の活動】へ変わってきます。

時代が成熟し、多様化を増していく中、組織も柔軟性をもって変化に対応していかなかければなりません。その切り口として「5S活動」は最適なツールとなります。
「言わなくたって、それくらい分かるだろう」
という時代は、とうの昔に終わっています。