とじき雑感

「死の淵」を歩く

    横浜で、泉敬介先生とお会いしたのは、先々週のことです。
    「60歳」までにエベレストに登る、という目標を掲げ、この一年ほどは高地訓練のために遠征に出かけ、今年は3ヶ月ほど海外へ行っていました。

     

    「泉先生が凍傷にかかって、指が使えなくなったらしい」
    という噂が九州で流れたのは、何週間か前のことです。噂に尾ひれはつきもので、何やら指を何本か切り落としたらしい、という話に絶句する。あとで分かった話ですが、指を切り落としたのは同行した人のことで、先生は軽度の凍傷で、指はまだついている。ただし、指先が自由にならず、服のボタンのつけ外しは自分ではダメらしい・・・。
    お会いした先生は、随分と痩せ、なおかつ寒がりになっていました。一緒に食事をした後継者の山本先生が、十何年の付き合いの中で「ダウンジャケット」を着た泉先生を初めて見るのだとおっしゃっていました。
    「エネルギーを出すのに、筋肉まで使っちゃったので・・・」
    体に蓄えた脂肪だけでは足りず、6Kgの筋肉が、7000m級の山に登るのに必要だったのです。
    随分良くなったという凍傷で傷んだ指先は、親指と人差指はまだしびれが残り、触らせてもらうと、信じられないくらい冷たい。
    「運が良くて・・・」
    と何度もおっしゃいました。
    「下山の時、吹雪いていたら、多分死んでました」
    泉敬介先生は、私と同い年です。
    学生の頃、新田次郎の「孤高の人」という小説を読んで、登山家とはなんと「奇妙で」「壮絶な」いきものなのかと考えたことがありました。残念なことに、友人たちに登山家がいなくて、それこそ小説や映画の中でしか知ることの出来ないと思っていたのですが、この歳になって、その「奇妙で」「壮絶な」ものに挑む人と出会いました。本人の口から語られるものは、ストレートになにものかを伝えます。
    「多分、今回の登山のほうがエベレスト登頂よりきついんだと思います。一緒に行ったベテランの人たちがそう言っていましたから」
    高度8000mとは、おおむねジェット機の飛行高度です。その高さを、人間の足と体で登るということは・・・。
    泉先生の「ブログ」はこちらです。
    「死の淵」を歩いた人の文章です。

    関連記事

    TOP