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コンサルタントを始めた40代前半の頃は、クライアント先の社長は年上の方が多く、当時は部長や専務たちと同世代でした。そのうち時が過ぎその世代が経営トップに立ち、最近では自分より若い世代が常務や専務から社長へ上がってきました。時代の変化や時間の経過の中で最近感じるのは「社長の言葉」の質の変化です。昔自分が若かったせいもあるかもしれませんが、当時の社長たちの言葉には少なからず重みがあったように思います。創業社長であれ二代目社長であれ、どこかに自分の言葉を持っていて、心や魂に響くような場面に何度か遭遇しました。心や魂に響くとは、自分の体の中を通った信念に近い言葉という意味です。

 

「日本刀」はしなる

日本刀は、日本古来の製法で作られる凄まじい切れ味を示すものです。不純物の少ない砂鉄を原料とした玉鋼(たまはがね)と呼ばれる鋼を鍛錬し、何度も加熱して折り返しながら、心金(しんがね)棟金(むねがね)刃金(はがね)側金(がわがね)という炭素含有量の異なるものを鍛接させ、製造過程で硫黄などの不純物を取り除き、最終的に六角形の数千層に及ぶ均一なものに仕上げます。日本刀の特徴である反りは、棟の強度を増すとともに刃の部分に強い圧縮応力を持たせているので、切れるのに折れない、曲がらないという一般的な金属の常識を大きく超えたものです。その切れ味は、金属をも切断する能力を持ちますし、幕末の記録では人間を縦方向に真っ二つにした事例も残されています。

その日本刀は、金属でありながらしなります。つまり硬いだけではなく、切断する際に前後左右にしなるのです。現代のイメージで言えば、しなりの量はともかくゴルフクラブや釣り竿のしなりを思い浮かべていただければいいでしょうか。日本刀が切れるのは、人間の体形からくる円運動と刀の反りと、そのしなりが絶妙に重なって「斬れる」のです。

 

社長の言葉の重み

世の中に情報が溢れ返り、その量と速度も以前とは比較にならない社会になっています。そのため自分自身を含め「言葉の軽さ」が増えてきています。先日、長く付き合いのある企業で社長になった二代目と話していて、そのことに気づきました。部長や専務として発言するのならば構わないが経営トップとしては口に出してはならないことの峻別が出来ていない。従業員や第三者と話すときにフランクであることは悪いことではありませんが、トップである以上組織の最高責任者であるという自覚のない発言は組織を萎縮させたり外部に対して不安感を抱かせます。

「それは専務がいう言葉ですよ」

「いつまで部長みたいな話をしてるんですか」

少なくない二代目社長に対して思わずそう言いたくなる瞬間があります。経営者の役割りは、組織の方向とそこへ向かう速度を決め、それを組織全体で実現する体制を作ることです。もちろん売上や利益に血眼になることもありますが、組織の方向と速度を決定できるのは経営者だけなのです。

日本刀は普段「鞘(さや)」に納められています。むやみに人に見せるものはなく、ましてや振り回すものではありません。しかし、心のどこかに日本刀を持っていなくては組織の存続は難しいかもしれません。

少し前の経営者たちの言葉が重かったのは、情報が少なかったからかもしれません。情報が少ない中で組織の将来を真剣になって考える時、彼らは人知れず自分の中の日本刀を「鍛錬」し続けていたのかもしれません。何度も焼入れをして、何度も槌で叩き続け、不純物を取り除く作業を続けていたのではないか。そして鍛え上げられた刀は「斬れる」。そのことを組織の人間たちは知っているので、社長に刀を抜かせない。抜かなくてもその「斬れ味」はわかっている。そして一旦抜いてしまったら、躊躇なく振り下ろす気迫があった。