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経営者や経営幹部は、当然のことながら「経験」を積んでいる。時には修羅場とでも言った方がいいような「経験」を積み重ねて今のポジションにいます。

これは、親愛を込めて言うのですが、「馬鹿息子」と周りから言われ続け、先代の跡を継いだ後継者にしたところで、その立場に立ったことのある人間にしかわからない修羅があるわけで、それもまた貴重な「経験」です。

 

では、その「幹部」たちが組織の人間を見渡した時、いささか物足りない思いを感じるのも仕方のないことです。何よりも「経験」の量が圧倒的に違うので、万事がまどろっこしくて仕方ない。

任せてみようと思っても、イライラと不安から、思わずこう叫んでしまう。

「俺が(私が)したほうが早い」

実はこの台詞が、組織を棄損してるのですが、幹部たちはなかなかそれに気づかない。なぜならば、業務は待ってくれないのです。お客からの注文も商品の手配も、クレーム処理も、請求も集金もノンストップです。つまり、止められない。

だから、「幹部」たちは思わずこう叫ぶ。

 

「俺が(私が)したほうが早い」

 

最近は、組織の中に本当の意味での「大人」が少なくなっているので、実際にそんな言葉を若者たちにかけてしまうベテランもいないわけではありません。では、そう言われた相手がどんなことを考えるかという想像力はありません。

「じゃぁ、あんたがやれば!」

直接言葉に出さなくても、若者たちはそう思っているのです。

赤ん坊は、転んで歩き方を覚える。

幼稚園生は、膝をすりむいて走り方を覚える。

小学生は、鉄棒から落ちて逆上がりを覚える。・・・・

人が育つの言うのは「プロセス」のことなのですが、「経験」を積んだベテランになるとその事を忘れてしまうらしい。自分はたった一人で一人前になった、と誤解をしている。そして、叫ぶのです。

「俺が(私が)したほうが早い」

組織において「人を育てる」ということは、思いつきではありません。「誰が、誰を、どの様に、どうやって、いつまでに、どの位のコストをかけて」という仕組みがなければ、人は育ちません。

「そんなことも出来ないのか?」

という言葉を部下に向かってかける上司が、実は普段から部下の能力や適性を見極めていなかったという証拠なのですが、「幹部」たちはその矛盾に気づいていない。何のことはない、組織で「幹部教育」をしていない。

大手企業と中小企業の違いはたくさんありますが、こうした「人材育成」に関する格差が一番大きいかもしれません。

「大手は資金的に余裕があるからそんなことができるのだ」

と反論されてしまいますが、大手は最初から大手であったわけではありません。その成長過程の中で「人を育てた」から中堅企業になりえて、大手企業へ変遷したプロセスもひょっとしたら気づいていないかもしれません。

「大手企業だから人が育つのか」

「人が育ったから大手企業に慣れたのか」

一見、鶏が先か、卵が先か、という話に似ていますが、人に関しては育てるほうが先に決まっています。

今の苦しさの原因を考えてみましょう。

新しいことを始めようとするのだけれども、人が育っていない。何人かでも人が育っていれば、今が、これからの風景が随分と変わるのだが・・・・。

「俺が(私が)した方が早い」

これはタブーです。

「させてみる」

この「辛抱」が組織で出来るかどうか・・・・・。

組織は、いつも試されています。