講演やコンサルティングの現場で痛感するのは「場の力」です。まったく同じ話をするのだけれど、参加している人たちの姿勢や枠組みによって、浸透度や理解度がかなり違うことが少なくありません。駆け出しの頃は自分の力量の不足だと思っていたのですが、どうやらそれだけではなさそうです。

例えば、企業内での研修の際、事前にその組織の中で「目的」や「経緯」や「必要性」が伝えられていた場合、研修以前に参加者の研修環境が整っているために開始から終了まで実にスムースに話ができると同時に、終了後の質疑応答も高いレベルで意見を交わすことができます。一方、とりあえず聞け、という状態で始めた研修は終始全体が浮つき、参加者が終了時間を気にして、まともな質問すら出てきません。同じ人間が同じ時間、ほぼ同じ内容を話しながら、研修後の効果とそれからの組織的な動きに差がついてしまうのは実はこうした入り口の部分からの差が原因なのです。

 

組織風土=場の気配

本来人間は、精度の良いセンサーを持っているので、一瞬のうちに「場の空気」を読み取ります。そして、一瞬のうちに「場の空気」に自分を合わせます。緊張感に満ちた空間に身を置くとその緊張に応じた態度を取ります。逆にだらけた空間では、自分の意思だけではコントロールできずに、その場に応じたいい加減な発言や行動を取りがちです。

同じ地域で、同じような商品やサービスを提供しながら、組織によって企業収益や成長が大きく異なるのはなぜでしょう。似たような人員構成でありながら、社員の定着率に差があるのはなぜでしょう。人材育成に関して次々に新しい世代が育ってくる組織といつまでもベテランが大きな顔をしてのさばっている組織の差は何が原因なのでしょうか。経営者の差、幹部の差、資本力や社歴の差など目に見える差は確かにありますが、その根底にはその組織が有している組織風土の違いがあります。

組織風土は、具体的に目に見えるものではありません。しかしながら、サービスの提供を受けたり、取引を行ったり、やりとりをする中で否応無しに見せつけられるものです。商品やサービスに自信があるか、顧客に関心を持っているか、情熱を持って仕事をしているか。

 

禅は作務(さむ)を伴う

禅寺を訪れると、実に清々しい気配を感じます。建物の佇まいから庭の手入れ、入り口からお堂に至るまでの廊下の清潔さ。対応する人々の所作動作から、伝えようとする熱意まで、静謐にして熱いものを感じてしまいます。ある方にその理由を尋ねたところ「禅は作務(日常的な作業)を行いますから」という話でした。起床から清掃、配膳、食事、風呂、就寝まで、禅寺では読経や托鉢などの修行の中にこうした「作務」が組み込まれています。「作務で気配を整え、場の力を高め、その中で悟りを目指す。それが禅寺のやり方だ」組織風土に関して、考えさせられる言葉でした。

売上を上げなければなりません。利益を生み出さなければなりません。そのためには人を育てなければなりません。人を育てるためには「場の力

を整えなければなりません。最近の若い連中は、と言い出す前に、一度自社の企業風土を考えてみる必要はないでしょうか。トンビが鷹を産まないように、つまらない組織から素晴らしい人材は生まれてきません。

場とは、単なる場所や所を示すものではありません。行動や反応の仕方に直接影響し関係する環境や条件のことです。「場の力」を整えなければ、今は凌ても明日を支えられるかどうか。時代変化の速度が速いので、一度こうして本質的な問いかけが組織にとって必要な時代です。