組織活性化コラム

もらった「書籍」の行方

    若い友人と話をしている時に
    「本を買え!」
    という話になりました。
    個人的な体験で言うと、「もらった書籍」は、なかなか読まない。仕事柄時々書籍を「謹呈」されるのですが、情けないことに長く本棚にとどまったままです。もちろん、中身に眼を通すのですが、どうも「熱」が入りづらい。自力で「買った本」は仮に時間がかかったとしても、いつかは手に取り、読んでそれなりに記憶に残るのですが、どういうわけか「もらった本」は縁が薄い。

    「もらったCD」も「もらったDVD」も、縁が薄い気がする。むろん、すべてが、という訳ではありませんが、「自腹を切ったCD」よりも記憶に残りづらいのです。仮に「CD本体」と「CDケース」がバラバラになった時も、自腹の方はかなり本気になって探すのですが、もらった分は気分に少し差があります。まぁ、その内に出てくるか・・・。そんな感じです。

    「有料サイト」と「無料サイト」では、明らかに読み込むときの姿勢が違う。わずかとはいえ「金」を払っているサイトは、見る目が違います。「有料情報サイト」では、真剣になって「中身」や「価値」を測りながら接しています。「無料」のものは、どこかで軽く考えていて、面白くない記事でも腹を立てたりはしない。まぁ、そんなものだろうという、無防備さがあります。

    物事に接する時の【入射角】は結構大事なものかもしれません。
    「角度」を間違えると、肝心な成果や本来のチャンスを失ってしまうかもしれません。
    最初の「興味の持ちよう」が大切なのではないかと思います。
    講演会の「講師」としての仕事をしている専門家の立場から言わせてもらうと、主催者が「無料」で設定した講演会と「有料」の講演会では、そこに生じている「場の力」に圧倒的な違いがあります。講演する側は、「お金」をもらっているので、決して手を抜かないのですが、「同じ話」に対する反応力がまったく違うのです。公演後の「質問」まで、当然のことながらまったく違います。

    「2年間100万円」という長期的なスパンで構成されたある会計事務所が主催する「後継者塾」の講師を務めているのですが、そこの「塾生たち」の熱意は、こちらがやけどをしそうなくらい熱いのです。当然、その卒業生たちは、2年間で見違えるような成長を遂げます。ほとんど同じような話を「公的機関」が主催する講演でやったのですが、集まった「後継者たち」の意識は驚くくらい低く、当然終わったたとの質問内容も、本質からかけ離れた「借りてきたような内容」しかしない。明らかに「無料」なので、無防備なまま座席に座っていたのでしょう。

    正月休みに読むべき本を尋ねてきた若者がいます。
    「本の題名なんか聞いてどうするんだい?」
    「年末のうちに、アマゾンで注文しておかなければ間に合わないじゃないですか。今年から来年にかけて10冊は読みたいと思ってるんです」
    おや、こんな若者も出てきたのか。
    いやいや、最近の若者も捨てたものじゃないかもしれない。

     

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